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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)111号 判決 1992年12月09日

東京都荒川区荒川5丁目50番17号

原告

有限会社ターモ

代表者取締役

森田玉男

訴訟代理人弁理士

桑原稔

中村信彦

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

有泉良三

宇山紘一

奥村寿一

長澤正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が昭和63年審判第12424号事件について、平成3年3月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和55年4月15日に出願した昭和55年実用新案登録願第51222号を、昭和61年2月27日、発明の名称を「係合具」とする特許出願に出願変更した(同年特許願第40344号、以下、その発明を「本願発明」という。)が、昭和63年4月21日に拒絶査定を受けたので、同年7月13日、これに対する不服の審判を請求した。

特許庁は、これを同年審判第12424号事件として審理したうえ、平成3年3月28日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をし、その謄本は、同年5月15日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別紙審決書写し記載の審決認定のとおりである。

3  審決の理由の要点

別紙審決書写し該当欄記載のとおり、審決は、実願昭51-154022号(実開昭53-71176号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下「第1引用例」という。)及び特開昭54-125497号公報(以下「第2引用例」という。)を引用し、本願発明は第1引用例及び第2引用例に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由

審決の認定中、第1、第2引用例の記載事項、第1引用例と本願発明の一致点、相違点(イ)、(ロ)の認定は認める。また、本願発明でいう「硬質磁性粉末を含有する合成樹脂製の永久磁石」(以下「樹脂磁石」という。)がそれ自体周知のものであることは認める。

しかし、審決は、以下のとおり、引用にかかる公知技術と本願発明との構成、作用効果の相違についての認定判断を誤ってなされた違法があるから、取り消されるべきである。

1  審決は、本願発明と第1引用例の考案との相違点(イ)の判断において、本願発明が永久磁石として樹脂磁石を用いた意義を、樹脂磁石の成形性を利用して、永久磁石自体と強磁性板(2)(以下「第1の強磁性板」という。)とを容易、確実に一体化して固着したことにのみあると認定しているが、誤りである。

本願発明のような磁気的係合具の雌具を構成する永久磁石の一方磁極面には、第1の強磁性板すなわち「磁石の磁気回路を作出する為の強磁性板」(本願訂正明細書2頁7~8行)を一体に設けることが必要であるところ、この永久磁石と第1の強磁性板の取付手段として、従来例のうち、ケーシングを用いない構成のものにあっては、取付強度が低下したり、組み付け誤差により、吸着される雄具の強磁性板(以下「第2の強磁性板」という。)との間に間隙が生じて吸着力が減殺するなどの欠点があり、ケーシングを用いない係合具は事実上実施不可能であった。そこで、従来は、永久磁石と第2の強磁性板との接触端面におけるケーシングの肉厚部分の磁気的ギャップに起因する吸着力の減殺にいわば目をつぶる形でケーシングを設ける手段でもって、永久磁石と第1の強磁性板とを取り付けていたのである。

本願発明は、永久磁石として樹脂磁石を採用することにより、上記のケーシングを用いない取付手段の技術的不利益を一掃するとともに、ケーシングを用いない取付手段の技術的効果であるところの吸着力の強化を図るものである。すなわち、本願発明が永久磁石として樹脂磁石を用いた意義は、上記審決の認定したところに止まらず、強磁性板(3)(第2の強磁性板)と永久磁石との直接的な吸着を図ることにより、両者の吸着力を強固にし、係合具としての確固たる止着性を保証するという目的効果を有するのである。

審決はこの点を看過し、上記の誤った認定をした。

2  審決は、本願発明と第1引用例の考案との相違点(ロ)について、第1引用例の真鍮性キャップ(ケーシング)の被冠について、この種キャップは、通常磁石の保護、装飾効果等のため被冠されるものであることからすれば、それらの必要性の程度若しくは設計条件に応じて適宜これを省略できる性質のものと認定し、かかる認定を根拠として、本願発明における第2の強磁性板と磁石との直接の当接は、キャップを省略しただけのことであり、この点をもって本願発明に格別のものがあるとはいえないと判断した。

しかしながら、第1引用例には、「…嵌入すべき…鉄板4を直接固着し、…キャップ5で被冠し、…」との記載があり、これは第1引用例の掛止具がキャップ(ケーシング)による取付手段を採用することを明示するものであり、第1引用例の図面からもこのことは明らかである。しかも第1引用例においてはキャップを省略したことの代替手段が何ら明らかにされていない。上記のように、磁気的係合具の雌具を構成する永久磁石と第1の強磁性板とを従来から用いられている一般的な取付手段で組み付けた場合には、種々の技術的不都合が生じることからすれば、代替手段が記載されていない理由は、代替構成が当業者にとって自明の事項であるからではなく、第1引用例の掛止具においては、ケーシングの省略が未解決の課題をもった非自明の技術とされていたことに存するというべきである。すなわち、第1引用例の考案の場合、キャップは永久磁石を第1の強磁性板に固着するために必須の構成であり、キャップなしでは磁石と第1の強磁性板とを一体として組付けることが不可能な構成であって、第1引用例から単純にキャップを取り去る構成を想起することはできない。

したがって、この点についての審決の判断を正当というためには、第1引用例にキャップを外したものが積極的に開示されている必要があるところ、第1引用例においては、キャップの被冠は必要不可欠であり、これを欠くものは開示されていない。

3  被告は、本願発明は、第1引用例に記載されたような係合具に第2引用例に記載された技術を適用し、その際、ケーシングを除くことによって容易に発明することができると主張し、第2引用例に第1引用例の取付手段の解決のための代替構成が開示されているとする。

しかし、本願発明は、特許請求の範囲に示されているとおり、永久磁石に対する第1の強磁性板の固着が、「該永久磁石(1)の肉質部(1a)をもって該永久磁石に一体的に固着されている」という具体的構成を採用するものであるのに対し、第2引用例は「粉末成形磁石」を「部材」に装着する一般的技術を開示したものにすぎず、この技術がこの種の係合具に一般的に用いられるとするためには、少なくとも第1引用例においてケーシングを省略した場合の具体的態様及び省略の目的に対する言及がなされている必要があるものというべきところ、第1引用例において、ケーシングの省略に対する言及は実質的にも形式的にもなされていないことは前述のとおりである。

したがって、第1引用例と第2引用例とは技術的関連性が極めて希薄であり、両引用例から本願発明が容易に想到できる程度のものと認めることはできず、この点についての審決の判断は誤りである。

4  第2の強磁性板と樹脂磁石の磁極面との直接の当接により、両者の吸着力を強固になしうる点で、本願発明の効果には著しいものがあるとの原告の主張に対し、審決は、直接当接を行うようにすれば、それだけ磁石の吸着力を強固にすることができるのは極めて当然のことをいうにすぎないと判断するが、前述のとおり、審決の判断は、本願発明の格別の作用効果を看過するものであり、右看過は結論に影響を及ぼすことが明らかである。

第4  被告の反論

以下のとおり、審決の認定判断は相当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  原告の主張1について

原告の主張する樹脂磁石を用いたことの本願発明の目的効果は、永久磁石として特に樹脂磁石を用いたことによってもたらされるものではなく、第一義的には「直接的な吸着を図ること」すなわちケーシングの被冠を省略することによって達成されるものである。さらにケーシングの介在により、吸着力が減殺されることは技術常識であるから、これを省略することによって強固な吸着力を得ることができ、ひいては係合具としての確固たる止着性を保証できることも当然の常識である。

したがって、本願発明が第1引用例の一方の強磁性板と永久磁石との一体性を容易、確実にした程度のものに過ぎないとした本件審決の認定は相当である。

2  同2について

第1引用例において、ケーシング(キャップ)の被冠に関しては、「嵌入すべき…鉄板4を当接固着し、…キャップ5で被冠し、…」の記載があるのみで、その記載からみても、ケーシング(キャップ)の被冠は取付に関与する必須のものではない。

そして、ケーシングは、通常、磁石の保護、装飾効果等のために被冠されるものであるから、取付とは無関係に必要に応じて省略することに困難はない。

3  同3について

ケーシングを省略した場合の問題点は、第1引用例に記載される「嵌入すべき…鉄板を当接固着」する磁石の取付手段の持つ欠点であって、その欠点の解決手段としての代替構成は、第2引用例に樹脂磁石を他の部品に一体化固着する技術が開示されている。

したがって、第1引用例の係合具につき、第2引用例の技術を適用して樹脂磁石と第1の強磁性板を一体化固着することとし、本願発明に至ることは当業者にとって容易であり、審決の認定に誤りはない。

4  同4について

上記のとおり、第1引用例におけるケーシシグは、取付けに関与する必須のものでなく、任意に省略できるものであり、また、ケーシングを設けることにより、吸着力の減殺が生じることは当然の常識である。

したがって、ケーシングを省略し、第2の強磁性板と磁極面を直接当接すれば、吸着力が向上することも当然の事項であるから、本願発明に格別の効果があるとする原告の主張は理由がない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  原告の主張1について

本願発明のような磁気的係合具の雌具を構成する永久磁石と第1の強磁性板との取付手段としては、本願の原出願時前からすでに、ケーシングを用いない構成とこれを用いる構成が知られていたこと、ケーシングを用いない構成のものは、永久磁石と第1の強磁性板との取付強度に問題があるものの、雌具の永久磁石とこれに吸着させる雄具を構成する第2の強磁性板とがその接触端面において間隙を生ずることなく直接に当接するため磁石の吸着力が減殺されないこと、これに対し、ケーシングを用いる構成のものは、取付強度の点で問題はないものの、永久磁石と第2の強磁性板との接触端面におけるケーシングの肉厚相当分の磁気的ギャップに起因する吸着力の減殺が避けられなかったことは、原告がその主張において自認するところである。

この事実と前示当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の記載と甲第2号証の2により認められる本願訂正明細書中の「この発明はかかる従来技術における不都合に鑑み案出されたものであって、素材的に硬質磁性粉末を含有する合成樹脂製の永久磁石を活用し、且つこの永久磁石における良好な同時成形性ないしは事後的成形性をもって強磁性板と永久磁石との一体化を期し、取付け強度の作出並びに有効な吸着面の作出とを可能とすべく、」(3頁13~19行)及び本願発明の効果について述べた「従来のこの種係合具が有していたケーシング材を排し、強磁性板3と永久磁石1との直接的な吸着を図ることにより、両者の吸着力を強固になし得、係合具としての確固たる止着力を保証し得る。」(同11頁3~7行)との記載によれば、本願発明は、樹脂磁石を活用することにより、樹脂磁石と第1の強磁性板とを強固に取り付け、これにより、取付手段としてのケーシングを取り除くことを可能にし、このケーシングを取り除くことの結果として、永久磁石と第2の強磁性板との有効な吸着面を作出しようとするものであることが認められる。

そうすると、原告主張の本願発明における係合具としての確固たる止着性の保証という効果は、ケーシングを介することなく永久磁石と第2の強磁性板とを直接吸着させる構成をとることによる効果であることは明らかであり、これを永久磁石として樹脂磁石を採用したことによる直接の効果であるということはできない。

けだし、上記効果は、永久磁石が樹脂磁石である場合に限らず、永久磁石と第2の強磁性板とを直接吸着させることによってもたらされるものである反面、永久磁石として樹脂磁石を採用した場合にも、ケーシングを用いる構成をとれば、上記の効果を奏することができないからである。

したがって、この点に関する審決の認定は相当であり、原告の主張1は理由がない。

2  同2について

原告は、第1引用例の考案において、キャップの被冠は永久磁石に第1の強磁性板を固着するための必須不可欠な構成であると主張し、これを前提として、審決の相違点(ロ)についての判断を論難する。

しかし、甲第4号証により認められる第1引用例の明細書及び図面の記載を検討しても、原告の上記主張を認めることはできない。すなわち、その実用新案登録請求の範囲には「リング状永久磁石の一端面に、該磁石の中央孔へ嵌入する有頂筒部を有する強磁性板を当接固着し、永久磁石の他端面に前記有頂筒部と当接する有底筒部を有する強磁性板を離接自在に当接してなる掛止具」と記載され、永久磁石と第1の強磁性板の当接固着のためにキャップの被冠が必須の構成であることを示す記載となっておらず、また、実施例についての「リング状永久磁石1の一端面に、該磁石の中央孔2へ嵌入すべき有頂筒部3を有する鉄板4を当接固着し、前記永久磁石1の露出面を真鍮製のキャップ5で被冠し、前記鉄板4の反対側の磁石端面へ前記有頂筒部と当接する有底筒部6を有する鉄板7を離接可能に当接したものである。」(同明細書2頁14~20行)との記載及びこの構成を用いた掛止具が図示されている図面第1ないし第5を見れば、永久磁石1と鉄板4(本願発明の第1の強磁性板に相当する。)の固着は、この両部材間で直接に行われべきことを示し、永久磁石の露出面をキャップで被冠することが、この両部材の固着手段としてはとらえられていないことが明らかである。このことは、通常の用語である「ある部材に他の部材を固着する」といえば、その固着手段が特別に明示されていない限り、当業者が普通に用いることができる固着のための手段を用いて両部材を直接に離れがたく結合することを意味することからも十分に裏付けられる。

そうすると、第1引用例におけるキャップの被冠は、永久磁石1と鉄板4との固着手段として必須不可欠なものではなく、乙第2号証により認められる本願の原出願の明細書及び図面並びに甲第3号証により認められる本願の補正前の明細書及び図面の各第7図に示されているとおり、「永久磁石1に対する装飾ないしは外面保護の目的をもって別途ケース7を被嵌した」(原出願明細書13頁2~3行、補正前明細書19頁左下欄18~20行)ものと同様のものであり、適宜必要に応じて省略することができる性質のものと解して差支えがない。

したがって、審決が、キャップを被冠するか否かは設計上の選択事項であり、相違点(ロ)について、第2の強磁性板と磁極面との直接的当接は、要はキャップを省略したというだけのことであり、この点をもって本願発明に格別のものがあるとすることはできないと認定判断したことは、相当というべきである。

3  同3について

原告は、第1引用例におけるケーシングを省略した場合の取付手段の問題点についての解決手段が第2引用例に開示されていないと主張する。

第2引用例に審決認定の技術事項が記載されていることは、原告の認めて争わないところである。この記載によれば、第2引用例には、磁石部品と他の部品とを一体化固着するについての従来方法の欠点が指摘され、この解決手段として、強磁性粉末とプラスチック樹脂からなる樹脂結合型磁石を用い、これと他部品との結合が、樹脂磁石を構成する結合剤によって磁石成形時に同時になされ、成形後の熱処理時に右結合剤によって双方が固着されることを特徴とする粉末成形磁石を装着した部材ないしその製造方法が記載されていることが認められ、この第2引用例に開示された技術事項が樹脂磁石と他の部品との固着において十分な強度を保有する効果を奏することは、同引用例における実施例として、磁石を回転軸に固着接合したモーターローターが掲げられていることから合理的に窺い知ることができる。

一方、本願発明における樹脂磁石と第1の強磁性板との一体化固着の態様は、その特許請求の範囲の「該永久磁石(1)の肉質部(1a)をもって該永久磁石に一体的に固着されている」との記載及び前示訂正明細書の「そして強磁性板2における端面に適宜孔2aを開設し、この開設された孔2aを介して永久磁石1の成形に際し予め突設しておいた隆起部1a'を強磁性板2の他端面に一部が露呈する如く挿通して、この挿通頭端を圧潰又は溶融するものとして永久磁石1の肉質部1aをもって、強磁性板2と永久磁石1との一体化を期したものである。」(訂正明細書5頁4~11行)、「尚又、強磁性板2と永久磁石1とは別体に構成し、叙上におけるように永久磁石1における隆起部1a'を強磁性板2に対し、カシメ付けあるいは溶着した場合と、事前に、即ち永久磁石1の成形時においてインサート材として該強磁性板2をインジェクション等により同時に一体的に成形した場合あるいは若干の裏打材としての押座金を使用する場合その他の取付け手法が予定されたものである。」(同6頁18行~7頁6行)との記載に照らせば、第2引用例に開示された樹脂磁石の成形特性を利用した固着態様と同等のものにすぎないと認められる。

したがって、原告の上記主張は理由がなく、第1引用例に記載された掛止具において、その永久磁石と第1の強磁性板との固着につき、第2引用例に示された技術事項を採用し、本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できることとみるのが相当である。

よって、これと同旨の審決の判断は相当である。

4  同4について

第1引用例の掛止具において適宜キャップの被冠を省略することができること、第1引用例の掛止具に第2引用例に記載された技術を用い、永久磁石と第1の強磁性板とを強固に固着することが当業者にとって容易に想到し得ることは、前叙のとおりである。

したがって、原告の主張する本願発明の効果は、キャップの被冠を省略することによる当然の効果であり、そこに格別のものがあるとすることはできないとした審決の判断は相当であり、原告の主張4は理由がない。

5  以上のとおり、原告の主張はいずれも採用することができず、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

昭和63年審判第12424号

審決

東京都荒川区荒川5-50-17

請求人 有限会社 ターモ

昭和61年特許願第40344号「係合具」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年8月25日出願公開、特開昭61-190904)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ. 本願は、昭和55年4月15日に出願した実願昭55-51222号を昭和61年2月27日に特許出願に変更したものであつて、その発明の要旨は、昭和63年8月10日付けの手続補正書により補正された明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「一方の磁極面aより他力の磁極面bに向けて孔(1b)を有する永久磁石(1)が硬質磁性粉末を含有する合成樹脂製であり、該永久磁石(1)の磁極面bに添装された強磁性板(2)が該永久磁石(1)の肉質部(1a)をもつて該永久磁石に一体的に固着されていると共に、磁極面aに当接される強磁性板(3)と前記強磁性板(2)との両方又はいずれか一方から突設される強磁性突起(4)、(6)が前記孔(1b)内で相互に、又は強磁性板(2)又は(3)に着脱自在に吸着されていることを特徴とする係合具。」

にあるものと認める。

Ⅱ. これに対し、当審における拒絶の理由で引用した実願昭51-154002号(実開昭53-71176号)の願書に添付した明細書および図面の内容を撮影したマイクロフイルム(昭和53年6月14日特許庁発行、以下これを「第1引用例」という)および特開昭54-125497号公報(昭和54年9月28日特許庁発行、以下これを「第2引用例」という)には、それぞれ次のとおりの記載のあることが認められる。

〔第1引用例〕

(1)第1頁「実用新案登録請求の範囲」の項

「リング状永久磁石の一端面に、該磁石の中央孔へ嵌入する有頂筒部を有する強磁性板を当接固着し、永久磁石の他端面に、前記有頂筒部と当接する有底筒部を有する強磁性板を離接自在に当接してなる掛止具。」

(2)第2頁第14~20行

「この考案を実施例について説明すれば、リング状永久磁石1の一端面に、該磁石の中央孔2へ嵌入すべき有頂筒部3を有する鉄板4を当接固着し、前記永久磁石1の露出面を真鍮製のキヤツプ5で被冠し、前記鉄板4の反対側の磁石端面へ前記有頂筒部と当接する有底筒部6を有する鉄板7を離接可能に当接したものである。」

〔第2引用例〕

(1)第1頁右下欄末行~第2頁左上欄第12行

「非磁石部品と磁石部品とのアセンブルはほとんどの場合その接合部において接着、打込み、ハメ合い、カシメ等の方法によつてなされる。しかるに永久磁石特に高性能な粉末成形磁石は一般に強磁性粉末を圧粉成形して得られることから脆弱な欠点を有している。従つて前記したような機械的嵌合を行なう場合磁石部品を損壊し易い。また接着による方法は接着剤の流入を可能にする空隙を設ける必要があり、そのため接合精度が悪く更に作業性が悪く自動化等の合理化が不可能である。

本願発明はこのような欠点を排し接合精度が高く、作業性に秀れた接合を可能にしたものである。」

(2)第2頁左上欄第13~18行

「第1図は、本願発明を説明するに適した一例で磁石を回転軸に固着接合したモーターローターを示すものである。ここで用いられる永久磁石は、強磁性粉末とプラスチツク樹脂を結合剤として用いるいわゆる樹脂結合型磁石であることが必要である。」

(3)第2頁左下欄第3~12行

「磁性体粉末は(中略)体積率で20%のエポキシ樹脂(中略)を加えて良く混練しプレス成形するものであるがこの際同時に中心軸を成形用金型内の所定位置にセツトし前記粉末を圧粉成形する。成形体は固化処理を経て完成品となる。即ち圧粉成形時に同時に中心軸はアセンブルされその接触部位は磁性粉に混合したエポキシ樹脂の作用で磁石体と強力に接着される。」

(4)第2頁右下欄第10~14行

「実施例の例示においては中心軸を掲げて説明を行なつたが本願発明は結合剤を用いた粉末成形磁石と該磁石体以外の部品とのアセンブル体に係わるものであつて一つ前記例に拘束されないことは明らかである。」

Ⅲ. 本願発明(以下「前者」という)と第1引用例の前記(1)に記載されたもの(以下「後者」という)とを比較してみると、両者はいずれも、永久磁石の吸着力を利用した係合具(後者でいう「掛止具」)であつて、一対の磁極面間に孔を有する永久磁石(後者でいう「リング状永久磁石」)と、該永久磁石の一方の磁極面(一端面)側に一体的に固着された強磁性板(以下「第1の強磁性板」という)と、上記永久磁石の他方の磁極面(他端面)に当接(離接自在に当接)される強磁性板(以下「第2の強磁性板」という)と、これら強磁性板からそれぞれ突設される強磁性突起(後者でいう「有頂筒部」と「有底筒部」)とを有し、係合作用時に、これら強磁性突起が上記永久磁石の孔内で相互に当接(着脱自在に吸着)するようにしたものといえるから、これらの点で両者は一致し、次の(イ)、(ロ)の点では両者に一応の相違が認められるものの、その余の点では格別の差異は認められない。

(イ)前者では、上記永久磁石を「硬質磁性粉末を含有する合成樹脂製」のものとし、該永久磁石に対する前記第1の強磁性板の固着を「永久磁石の肉質部をもつて一体的に固着されている」としているのに対し、後者は、このような点についての開示を欠くものである点。

(ロ)後者における前記第2の強磁性板の永久磁石の磁極面に対する当接は、第1引用例の前記(2)に開示された実施例の構成では、真鍮製キヤツプで被冠された磁極面への当接(間接的当接)として示されているのに対し、前者における同当接は、明細書の詳細な説明に照し、専ら磁極面への直接的当接を意味していると解される点。

Ⅳ. そこで、以下上記相違について検討する。

〔相違点(イ)について〕

前者でいう「硬質磁性粉末を含有する合成樹脂製の永久磁石」とは、第2引用例にも示される、それ自体周知のもの(以下「樹脂磁石」という)であることが明らかである。そして前者が永久磁石として特に樹脂磁石を用いたことの意義は、明細書の目的、作用効果の記載からみて、要は、樹脂磁石の成形性を利用して、磁石体自体と前記第1の強磁性板とを容易、確実に一体化して固着したこと(脆く破損し易い通常の永久磁石ではこのような一体化固着が困難)にあると認められるとごろ、このような意味での樹脂磁石の使用は、一般に磁石体と他の部品とを一体化固着する場合の技術として第2引用例が教示するところと格別変りのないものであることが明らかであり、また、前者における上記一体化固着の態様についてみても、前者でいう「永久磁石の肉質部をもつて」とは、明細書の第6頁第18行~第7頁第6行等の記載からみて、格別特定的なものとは解されないから、第2引用例が開示する一体化固着態様と相違するとは認め得ない。

そうすると、相違点(イ)に関する前者の構成は、後者が開示する永久磁石と第1の強磁性板との固着(磁石体自体と強磁性体との一体化固着)を実現するための手法として、第2引用例が教示するところに従い、その手法を採用して上記磁石体自体と強磁性体との一体化固着を容易、確実なものとしたという程度のものにすぎず、他に格別顕著な作用効果も認められないがら、かかる前者の構成は、当業者が容易に想到し得た程度のものとするのが相当と認められる。

〔相違点(ロ)について〕

後者の実施例における真鍮性キヤツプの被冠の意義については、第2引用例に記載のないところであるが、一般に永久磁石を用いた止具においては、この種キヤツプは、通常、磁石の保護、装飾効果等のために被冠されるものであることからすれば、それらの必要性の程度もしくは設計条件に応じて適宜省略し得べき性質のものと認められ、第2引用例においても、上記キヤツプの被冠が後者にとつての必要不可欠な事項として開示されているわけではない。蓋し、上記キヤツプを被冠するか否かは、設計上の選択事項というべきところ、前者における前記第2の強磁性板と磁極面との直接的当接は、要は、上記キヤップを省略した(キヤツプを介さずに強磁性板を磁極面に当接した)というだけのことであるから、この点をもつて前者に格別のものがあるとすることはできない。なお、請求人は、審判請求理由および前記当審での拒絶理由に対する意見書において、上記強磁性板と磁極面との直接的当接により、両者の吸着力を強固になし得る点で前者は格別のものである旨主張するが、かかる主張は、直接的吸着を行うようにすれば、それだけ磁石の吸着力を強く作用させることができるという、極めて当然のことをいうにすぎず採用できない。

Ⅴ. 以上のとおりであるから、本願発明は、本願出願前(遡及出願日前)に日本国内で頒布されたことが明らかな第1引用例および第2引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、したがつて特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よつて、結論のとおり審決する。

平成3年3月28日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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